東大病院トラブルとステークホルダーマネジメント
【リーダーシップ、マインドセット、ステークホルダー マネジメント】
コミュニケーション能力やマインドセットの成熟は、専門分野の知識や経験と同様に変動の大きな社会で成果を上げていくためには必須になりました。
それは、トラブル事例を分析しても理解できます。
東京大学医学部附属病院の外来窓口で2018年1月4日から
・患者が会計を終えるまで長時間待たされる
・後日支払いを後日にするよう求められる
などの混乱が発生したことが日経コンピュータで報道されました。(http://tech.nikkeibp.co.jp/it/atcl/column/14/346926/020501300/?P=1)
この問題は、東大付属病院が利用している電子カルテシステムを富士通のパッケージ「HOPE EGMAIN-GX」に変更したことにより発生したものです。
それまで、東大付属病院では独自仕様の電子カルテシステムを利用していました。
このシステム導入では、1月3日の段階でリハーサルを実施できないほどの状態であったにも関わらず、4日から業務をスタートさせたことで表面化しました。
日経コンピュータの取材に対して、東大付属病院からは混乱の原因について
・「操作性の違い」を周知できていなかった
・富士通によるデータ移行作業の手順ミス
などを回答しています。
現象としてはその通りなのでしょう。
ただ、たとえば操作性に関して新システムでは
担当医が外来患者の電子カルテを開く際、患者ごとに医療保険の
種別をプルダウンメニューで選ぶ仕様
となっており、「担当医は通常、患者の保険種別は把握していない」と言う現実との乖離が大きすぎると報道されています。
つまり、この仕様のままでは業務が混乱することは事前に予測できたはずです。
「業務フローを修正し、事前に十分なトレーニングを実施する」または「操作仕様を修正する必要」があることは事前に分析することが可能です。
「データ移行作業の手順ミス」のリスクはシステム変更の際に必ず想定するものです。
このプロジェクトでは品質保証・検収のプロセスに大きな欠陥があったことが分かります。
実は、日経コンピュータからの報道が出る前からインターネット上でこのトラブルについての情報が流れていました。
病院内部の方からの情報と思われるものの中には「十分なトレーニングが行われていない」と言う趣旨のものも存在します。ここでも、準備不足が推測されます。
報道される範囲での印象ですが、
・日本を代表するITベンダーである富士通が、
・日本を代表する大学病院である東大付属病院にシステム導入する
案件であるにも関わらず、(プロジェクト)マネジメント上の課題があまりにも多い事案です。
責任の所在は別にして、結果的にはあまりにも稚拙な印象を与えます。
実は、今回のように大問題化することは多くなかったとしても病院システムはデスマーチ化するリスクを秘めています。
2017年にはNTT東日本の電子カルテシステムを旭川医大に導入しようとした際のトラブルに関する裁判の判決が出て、SI業界関係者の間では大きな話題になりました。
電子カルテシステムなどの業務知識(ドメイン知識)を持つSEの問題、限られた予算の問題、限られた納期(官公庁や独立行政法人は単年度決済)などが複雑に絡み合い、問題を深刻化させます。
さらに、大学教授・医師などのステークホルダーと良好な関係を持ちながら仕様を確定させ(要件管理・要件開発)、プロジェクトを進捗させることは極めて高度なマネジメント能力が必要です。
(病院システムに限りませんが)プロジェクトの成功のためには、多くの場合『人間くさい努力と工夫』を必要とします。
どのように要件を開発するか、プロジェクトを進捗させるか、品質を保証するかなどの活動の背後で、どのようにステークホルダーと協調的な関係を作り・協力を得るかは最重要なKFS(Key Factor for Success)なのです。
プロジェクトマネジメントの知識体系である「PMBOK(Project Management Body of Knowledge)」は、その第5版から『ステークホルダーマネジメント』を定義しています。
ステークホルダーとは利害関係者のことです。
プロジェクトメンバーだけではなく、プロジェクトに成果物によって影響をうける人たち全員がステークホルダーです。
PMBOKガイドでは「ステークホルダーには、プロジェクト・チーム全員はもちろん、組織内や組織外にいる利害関係者の全員が含まれる。販売員やヘルプデスク従事者、製造ラインの監督者などの定常業務に従事する者もステークホルダーである。」と説明されています。
たとえば、最近一部の会社経営幹部がステークホルダーと言う表現を多用します。 しかし、ステークホルダーは金融機関、官公庁、特定の重要顧客だけではなく、影響を受ける一般の生活者や従業員も含まれていることを忘れてはなりません。
ステークホルダー マネジメントとは、
・どのような関係者が存在するかを明確化し
・関係者とどのように意志決定して行くかを決め
・コミュニケーションを取りながら、関係者がプロジェクトに適切に関わる
ことです。
これらは、工学的な手法やツール・テンプレートを用いればこれらを達成できるとは限りません。
ステークホルダーはプロジェクトのゴールに対して関心が高いとは限らないからです。
東大付属病院の事例では、医師や会計事務の担当者はステークホルダーではありますが、システム変更の必要性は実感していないはずです。
自分たちの範疇では、現状システムで業務は回っているのですから。
この事案で、ステークホルダーの中にプロジェクトの大きなリスクを把握していたメンバーは必ず存在していたはずです。
その声がプロジェクトで共有されなかった、または無視された結果のトラブルの可能性は高いでしょう。
そこで、リーダーには人間関係のスキルは必要になります。
人間関係のスキルとして、「信頼関係を構築する」「コンフリクト(対立)を解消する」「積極的傾聴」「変化への抵抗の克服」などがPMBOKガイドにリストアップされています。
これらには、コミュニケーション能力や人間心理への配慮・意志の力などが求められます。
PMBOKのステークホルダー マネジメントでは、
(1)ステークホルダーの特定
(2)ステークホルダーのマネジメント計画
(3)ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメント
(4)ステークホルダー・エンゲージメント・コントロール
が記述されていますが、
ただし、少なくとも私はステークホルダーのマネジメント計画書など立案し、適切にステークホルダー マネジメントを実施しているプロジェクトに接したことはありません。
プロジェクトリーダーは直接の指揮下にいない関係者に指示や命令をすることはできません。
関係者やその部門長に依頼をすることになりますが、相手は「とんでもない迷惑」と感じているかもしれません。
なぜならば、関係者に声がかかる時にはプロジェクトのゴールはすでに決定されていて、その手段について相談されることが多いからです。
そもそもプロジェクトのゴールに納得・合意していない方が多いことは珍しくありません。
多忙なのに自分の時間を割かれることに反発する方もいらっしゃるかもしれません。
だからこそ、ステークホルダー マネジメントを成功させるためには重要なステークホルダーが「プロジェクトのゴールは合理的である」と理解する同時に「共感」することが必須です。
理性と感情の両面からの得心が必要です。
そして、リーダーには強い心理的ストレスに負けない心理的レジリエンス(抵抗力)が求められます。
現実に、「諦めてしまうリーダー」も珍しくありません。
大きな責任をともなう仕事を指揮するリーダーにはこれらの能力が強く求められます。
コミュニケーション能力やマインドセットは定量化の難しい領域です。
「人間力」とザックリとまとめられることも多い能力です。
「ないがしろ」にされることもあるでしょう。
しかし、多くのステークホルダーが存在する困難な仕事・プロジェクトではこれらの能力の有無が成果の品質を大きく左右します。
コミュニケーション技術や心理学の成果はビジネスの世界への活用がはじまったばかりです。
これらをいち早く取り入れることができた組織やリーダーがこれからの時代で大きな成果を出して行くことでしょう。
うつみ まさき コーポレート・コーチ
(株)イノベーション・ラボラトリ
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